風と光と 影の音

太宰が愛した跨線橋

 

 

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SUMMCRON 1:2/50 4th ILFORD DELTA100

 

 

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SUMMCRON 1:2/50 4th ILFORD DELTA100

 

 

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Summicron 5cm 1st Rigid ILFORD FP4 PLUS

 

 

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Summicron 5cm 1st Rigid ILFORD FP4 PLUS



 

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SUMMICRON 1:2/50 4th ILFORD DELTA100

 

 

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SUMMCRON 1:2/50 4th ILFORD DELTA100

 

 

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Summicron 5cm 1st Rigid ILFORD FP4 PLUS

 

 

太宰について特に関心があるわけでもなく、

彼の作品は「走れメロス」くらいしか知らない。

しかも、それすらきちんと読んだことはない。

 

昭和もだいぶ昔になってきたわけだが、

昭和生まれの私にとって、この昭和の文豪を

魅力的に感じるのは何故だろうか?

 

しかし、私には生憎文学的素養が備わっていないので

この話はこれ以上広げることはできないのだ。

けれども実際に「太宰が愛した跨線橋」は存在するので

せめて、そこには行ってみることにした。

 

 

その跨線橋は東京の三鷹に(今はまだ)あります。

昭和4年に完成したこの跨線橋を実際に太宰治も気にいっていたようで

地元三鷹市により「太宰ゆかりの場所」に指定されています。

 

「太宰ゆかりの場所」としてのその存在は以前から知っていましたので、

いつか行ってみようとは思っていたのですが、家から近い所にあるわりに、

でもわざわざ出かけないといけないという立地が災いして

なかなか出かけないまま放置していたのでした。

 

しかし、JR東日本三鷹市の協議した結果、

そう遠くない未来に撤去されることが決定したという一報を受けて

ようやく出掛けることになってのです。

人間ってこんなもんですよね。

 

この跨線橋は開放的な場所で武蔵野台地の全体を見渡せることはさすがにできませんが、高い建物がほとんどなかった太宰の時代はもっと遠くまで見渡せて、もっと開放的だったことでしょう。

太宰もそれがお気に入りだったようです。

 

全ての電車ではありませんが、多くの電車は跨線橋の下で警笛を鳴らして過ぎ去っていき、それがとても印象的な跨線橋でした。